脈絡も無く・・・ふと

旅行は好きなので、色々なところに行った。
自然のあるところが好きだ。
でも、その自然の中にいても、大抵はその自然の中でその風景とは違う何かを考えていたり、感じていたり、思っていたりしている。
風景の美しさや凄さなどを目にしながら、それらを通して「人」の何かを感じている。
そこに別の誰かとそれらを目にした時は、「共有」する何かを通して「人」を感じている。
別にいつも特定の「人」というわけではないのだけど。(自分自身を投影した「人」である事もあるし)
きっとそれらが無ければ、あまり印象には残らないのかもしれない。




生まれ育ったところと違うところにもあちこち住んだ。
何年かして、その場所に戻った時、そこにいるべき人がいるときもあれば、そうでないときも有る。
年月を経て再び訪れた時、そこがかつての場所でないことをしみじみと思う事もあれば、町並みは変ってしまったにも拘わらずそこにいるべき人が相変わらずそこにいるだけで、かつての場所と何にも変っていないなんて思う事もある。


懐かしさは人を巡る「エピソード」なんだなとつくずく思う。
場所そのものじゃない。


そのとき一度だけ(そのときだけ)しか関わらない人も多い。
むしろそのことにひどく魅力を感じて、敢えてそれはそこだけに留めたいなんて誘惑に駆られる。
その出会いに「意味」が無いと言うわけではなく,「意味」は大いにあるのだがそう望んだりする。
「人脈」とか「社会性」から見れば、それはきっと何かが欠落しているのだろうと思う。
継続しない、もう戻らないエピソードは目に見える「財産」なんかにはならない。
それは結果的には「さみしさ」を積み上げる一方なのだけど、「日常」には無いそういうものが魅力的に見えてしまう。
日常や現実に戻った時に、「それもまた困ったものだ・・・」とも思うのだけど・・・魅力的である事はなかなかに変らない。