参議院選後

参議院選挙が終わった。
私は比例も個人に投票した。


結果は1.与党惨敗、2.民主躍進、3.小党後退


1.については正直ほっとしている。
2.については複雑
3.について寂しい


概ねベターではあるけど、手放しでは喜べない。


1.によってほっとしたのは政権の「独りよがり」に待ったをかけられたこと。
小泉政権以来、国会は「アリバイ作りの場」と化し、「議論の場」ではなくなっていた。
コミュニケーションの無い対立の場となり、「停滞か」、「独走か」しかなかった。
しかも、郵政選挙以降はで「コミュニケーションの無い独走」状態。
これは民主主義制度としては異常な状態だ。
それに、一定の歯止めがかかったことにほっとしている。


2.が複雑なのは、2大政党化の方向に一歩近づいたことが「コミュニケーションの無い状態」を解消する方向に作用するのか、それとも「コミュニケーションの無い停滞」をもたらすのか判断できないからだ。
互いに党利に拘れば「コミュニケーションの無い停滞」を招く事になろう。
政権奪取は民主党の悲願であり、その悲願成就は「党利」と戸紙一重である。
一方の与党にしても政権維持は「党利」と紙一重
利と利が対立する場で「譲る」事が「弱み」である限り「コミュニケーションの無い状態」は解消されそうも無い。
それを左右するのはおそらくマスコミを含めた世論になるのだろう。
「譲ることを弱み」のように喧伝する、「譲らないことを力」のように観念するならば政党もそれを無視できないので非コミュニケーション化の呪縛を抜けられないだろう。
政治が原理・原則で動いていくとにっちもさっちもいかなくなる。
「譲る」事が戦略であり、割り切りであればいいのだけれど・・・「譲れない」が情緒的に「美しい」と困ったことになる。


3.小党であるがゆえに非コミュニケーション化の呪縛(党利)からフリーの状態に置かれているのが小党であって、スパイスを効かせることができるのだけれど、あまりに小さくなるとスパイスにすらならなくなる。
あまりに身近な現実に左右される政権政党に干渉できるのは今のところこれら小党だけだ。


今後の政局はどちらに触れていくのだろう。
筋からいえば解散により国民の審判を仰ぐべきであろうが、首相も今の状態で解散すれば敗けは目に見えているからそれはできないだろう。
首相の継続の動機やそれにより予想される野党の反応を考慮すれば「コミュニケーションの無い停滞」が待っていそうである。


その「コミュニケーションの無い停滞」を与党は野党の責任、野党は与党の責任として押しつけ合い、さらにコミュニケーションの無い停滞を加速していき、最終的には解散によってその泥仕合が集結していくのではなかろうか?

そのにっちもさっちも行かなくなった時点でどちらにより停滞の責任を押し付けることができたかというようなレベルの低い争点になりそうである。

その泥仕合の間は政治的な空白と変わらないと思われる。
迷惑な話ではあるがそうなる可能性が強そうだ。


いずれにしても今は多くは望まないが、共有できるはずのもの、多くの国民が望むものが対立により生ずる党利ゆえに歪められる状態が少しでも早く解消されることを切に望む。